読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

チャットと組織

生活

 仕事では常にチャットを開いています。

 チャットベースの仕事環境っていうのは今日び珍しく無いですが、僕の場合は在宅で仕事をしている都合上、オフィスとのコミュニケーションはチャットが 9 割ぐらいだったりします。たまに仕事を終えたあとで少し時間をとって、一日のログを全て読み返すようにしてます。「この時は、この人が言ってる事がよく分からないまま話を続けてたけど、こういう事を言ってたんだな」とか「この話をしてる時、あの人はあの作業してたんだな」とか、そういう事に気付いたりするわけです。

 で、今はチャットベースのコミュニケーションが身体に染み込んじゃったんですが、もしこれが声による会話ベースだったら?と思うことがありあす。声はログに残らないし*1、その時間・その場所に居ないと情報にアクセスできない、っていう、まぁそういう側面から見るとだいぶ不便な方法です。情報が後から閲覧・検索可能な状態としてログが残っているということは、コミュニケーションをする人と人の位置的・時間的な束縛からだいぶ手っ取り早く強力に解放してくれていることが分かります。

 一方、その対価として受け入れないといけないことは、知らぬ存ぜぬっていう逃げ道の狭さであるように感じます。チャットを使えば、メッセージのユニキャストもブロードキャストもマルチキャストもできますが、そのときディスプレイにはくっきりとその内容が、そりゃもう綺麗なフォントで印字されるわけです。そいで、スルーしたのであればスルーしたという事までログとして残り続けます。いやまぁ、僕もそんなに肩肘張ってチャットにかじり付いてるわけではないですけど、でもまぁ、スルーしたよね?と。あともう一つ、これはチャットに限らないんですが、ある話題が何かあったときに、その話題が進むにつれて興味が無い人が話題の輪から退席する、ということが非常にやりにくいです。声ベースの会話だったら一部の人だけが話を詰め進める一方であまり関係が無い人は徐々にフェードアウトするっていう事ができるんですが、チャットだと自分にあまり関係が無い話題であっても最重要な話題のときと全く同じくらい綺麗なフォントでディスプレイに文字が並ぶわけです。たまにそれがちょっと面倒に感じたりもします。

 で、ここまでのダラダラした話をグルッと丸で囲って、一歩下がって考えてみるに、チャットベースのコミュニケーションには人数的な限界があるな、ってのは少なくとも思います。例えば 100 人が一緒にチャットするってなると(そんなん実際ありえないけど)、比較的どうでも良い事を発言するのははばかれますよね。だからといって少人数で private room みたいなところで話を進めるとセクト化が進むし。。。で、こういう事を言うと「そんなん、声で話してたって一緒じゃない?」って話になるんですけど、これが全くその通りで、むしろ声で話すほうが人数の制約は強いと思います。思うに、「ある程度以上の手軽さを残したままで、メッセージを組織の中に飛び回らせる状態を維持できる人の数の制限」が、チャットベースでコミュニケーションしたほうが普通に会話でコミュニケーションするよりも緩いんじゃないかなと。よく、チームを組むときは 3 〜 5 人の少人数構成が良いとか言いますけども、実際にはそんな理想的に人をグループ化できるほど人の配置は簡単じゃないと思うんですよね。だから 3 〜 5 人っていう数字が大きくなってもそのチームが大丈夫でいられるスキーマが欲しいです。(僕は少人数のチーム編成が良い、という考え方そのものが逃げ・思考停止だと思っているので少しバイアスかかった意見ではありますが)そういうスキーマが欲しい、と恒常的に思っています。3 〜 5 人っていう数字の根拠になっているものの一つがコミュニケーション上の便益にあるなら、ツールとしてチャットを使うだけで実はその部分を解決できちゃうようなケースってたくさんありそうだな、とか、そんな気がしてます。

*1:録音すれば良いとかそういうツッコミは論点ズレるのでスルー