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値上がりしても喫煙者

生活

僕は喫煙者です。

先日、@selene_pg と Skype したときのやりとり。


Selene「kura さんタバコ辞めないの?知人は今回の値上げで辞めたよ。」
kura 「う〜ん、今んとこ辞める予定ないなぁ」
Selene「一日一箱として、450 円くらいでしょ。かける 30 日で 13,500 円、かける 12 ヶ月で 162,000 円だよ?」
Kura 「うっ.... 確かに。給与が低い福井でそれは効いてくるなぁ。うぅぅぅぅぅ」


 実際一日一箱は吸ってないんだが、タバコ買うついでに缶コーヒー買ったりすることもあるから、非喫煙な状態と比較してそれくらいの金を浪費している事は事実なんである。これは痛い。痛い。はっきり数字に出されて、かなり悩んでしまった。

 悩んで悩んで、タバコを辞めない理由を見つけたので書いておこうと思った次第。

 話を簡単にするために、タバコの健康被害は置いておいておく。えぇとまずご飯食べたり車を運転してガソリンを消費するってことも含め、何らかの支出と生活の快適さを交換して生活してるんだと思う。タバコだって、生活をとりまくあらゆる交換の一要素である。プログラマたるもの、なんでも抽象化してモノを考えるんである。

 前提を押さえた上で次にポイントになるのはそうした交換が割に合っているかどうかだろう。例えば缶コーヒーを買うとする。まぁ、そもそも缶コーヒーなんか買わねぇよ、っていう舌の肥えた健康的紳士は突っ込みをしばし我慢してくだされ。

 缶コーヒー1本 120 円で買っても、ケース買いして 1 本 98 円で買っても、商品は同じである。
 故に、そこから得られる満足度も同じである。
 故に、ケースで買った方がお得である。

っていう結論は正しくない。コンビニで 1 本だけ 120 円払ってホットコーヒー買って暖まるのと、北風吹き荒れる夕方に量販店に行ってぬるいコーヒーを 1 ケース抱えて家に運ぶのとでは全然違うんである。金と快適さを交換して生活してるので、場合によっては 120 円の方がお買い得になったりするんである。


 ほら、そこ!屁理屈っていうな!


 で、だ。この素晴らしい理屈をタバコにも適用してみる。そもそもタバコってのは休憩というかそういうために吸ったりする。灰皿が無いとタバコ吸えないので、必然的に火をつけてから消すまでの時間は灰皿から離れられない。灰皿ごときに身柄を拘束されているとも言えるが、このちょうど良い短時間の拘束が、思考をリセットしたり深めたりするのにちょうど良いんである。タバコ吸ってる間は時間がゆっくり流れる。もしタバコが無かったら、そうやってはたと止まる時間を用意する方法を何か探さないと行けない。これがタバコ代と交換に得られる快適である。

 ほら、そこ!そういう冷たい目で僕を見るんじゃない!

 さて、そろそろ「突っ込むのもバカバカしいが、そうだとしても値段が上がった分割高になっているでしょ?」って声が聞こえてきそうである。確かに、タバコで得られる快適さのお買い得感は、値上げによって減衰したことは否定できない。だーがしかし。値上げしたおかげで得られる快適というのもあるんである。
 今回の値上げでタバコ辞めた奴らが大量に居るってことは注目に値する。タバコ辞めた奴らが大量に居るってことは、それだけ喫煙所の人口密度が下がって、喫煙所ではないところの人口密度が上がったってことである。この現象は、休憩したり気分をリセットしたり思考を深めたりするっていうタバコが提供する快適さを後押しする。つまりタバコによる快適さは、やや増えたんである。この増分が、値上げによるお買い得感の帳消しを相殺する。

 とはいえ、じゃあ割安になったか、というとそういうわけではない。どっかのタイミングで辞めないとなぁ。年間 162,000 円は痛いよなぁ。