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Twitter のために blog を書く

生活

僕は Twitter が大好きで、どうも僕の Web 上でのホームみたいなもんになっている。で、そのために blog をちょいちょい書いていこうと思ったのです。
以上。

・・・ではさすがに blog の記事になってないので最近思うところを書いておく。

 そもそも「最近思うところを書いておく」場所が Twitter じゃなくて blog だというのは早々に矛盾しているような気もする。しかし Twitter が好きだからが故に blog をもうちょっと書いてもいいんでないか...と思ったんである。

 えぇとまず、SNS の普及によって公開された blog を書く人が減ったように思う。mixi とか Facebook とか MySpace の中で何かしら書いている人もいるんだから僕の観測範囲がすごく狭いことは否めない。が、Twitter で呟かれている膨大な量の文字列ストリームを眺めていると、そこに大小の程度はあれど込められた意思の量もこれまた膨大だってことは否定の余地がないと思う。一人の人間が持ってるリソースなんてもんは、一つの肉体と24時間という時間である。体を二つにすることはできないし僕だけ一日 30 時間にするなんてことは億の金があってもできない。ってことは人間が一日に体験したり思考したりする量の最大値なんてもんはたかが知れているってことで、それに従属して、人間が生み出せる意思の最大値なんてもんはたかが知れているってことである。その限られた意思が Twitter の TL に垂れ流されている。流出である。(この記事を書いている少し前、尖閣のビデオ流出問題があったのでそれに絡めているのですよ!奥さん!)

 Twitter の価値の一つにリアルタイム性がある。これはとてもじゃないが blog には当てはまらない。しかし Twitter がリアルタイム性を持つが故に、ある呟きがデータベースに埋もれてしまって二度と見られる事が無くなるっていうトレードオフがある。「Twilog で検索できるよ!」と言われそうだが Twilog はあくまで呟きの log である。検索結果にリアルタイム性はもはや残っていない。あれは Twitter とは別のサービスなんである。

 さて、blog を書くとなると Twitter の強烈な縛りである 140 字制限が外れることになる。blog の記事も Twitter の呟きもコンテンツである。コンテンツを作るにはエネルギーが要る。表現の幅が大きいほど、そして表現したいことが大きいほどエネルギーが要る。つまり、

 Twitter は blog と比較して「ちょっとしたことしか表現できないかわりに小エネルギーでコンテンツが作れる」システムで、
 blog は Twitter と比較して「いろんなことが表現できるけどエネルギーが要るコンテンツが作れる」システムである

というわけだ。まぁ他にも閲覧のし易さ、匿名性、ふぁぼり、などなど比較すべきポイントは山ほどあるんだけどこの記事の本題と逸れてしまうので割愛。で、ここまで書いてきた通り、Twitter ってのは呟き以上のコンテンツが作れない。ということは、呟き以上のコンテンツ、つまりTwitter のシステムが提供する表現能力以上の表現を使った意思表示コンテンツが手に入らないってことでもある。

 あー、何が言いたいんだっけ。

 まぁいいや。とにかくそんなわけで、もっかい blog を見つめ直してみる。blog は Twitter では超えられない表現ができるのはここまで長々と説明してきた。「ごちゃごちゃ言ってないで blog と両刀でいいじゃん!」と言われそうだが僕はそういう "なんでも混ぜようぜ" 的な意見をそうですねと受け入れられるようには出来ていないらしい。だって blog が普及したのが先で Twitter が後発したくせに blog を駆逐してきた様をまざまざ見てきたんである。blog は僕の中で一回死んだシステムなのですよ。
 で、だ。
 だいぶ、言いたい事の近くまで来た。というか言いたい事を思い出した。
 始めたばかりの Twitter と blog を比較するとそれはもう圧倒的に Twitter なんである。blog はここで一度死ぬ。しかし、Twitter にどっぷり浸かってフォロワーが増えちょっとやそっとじゃタイムラインが追えなくなってきて、ついでに日々のタイムラインのどこかに "均質な大衆" が見え隠れする頃Twitter の価値がガクンと下がるんである。多分、今の僕はこのあたりに居る。で、ここでようやく blog が意味を持ってくる。僕の中では一度死んだ blog っていうシステムが、その表現能力を以て「Twitter の下がった価値を穴埋めする道具」として息を吹き返す。blog に、呟きよりも少しエネルギーを投じたコンテンツを置いて、そいつを Twitter からリンクすることで、Twitter のメリットを継承したまま意味を凝集させることができる。この作用が、Twitter の下がった価値を再度押し上げるんじゃないかと思うんである。まとめると、Twitter の呟きから僕が享受できる意思の比重を大きくするために blog っていうのは最高の道具なんである。(Tumblr は使ったけど重かったのでやめました。)

 「当たり前じゃないの!そんなことみんな分かってるよ!」っていう声が背後から聞こえるが聞かなかった事にしよう。僕は Twitter を使ってみて、フォロー数を増やして実際に Twitter の価値が下がるまで気づけない程度のばかちんなのです。ばかちんが自分がどれくらいばかちんなのかなーってのを認識するにはそれなりに経験値を貯める時間が必要なのですよ。この「失敗を重ねるばかちん」についてはいつか記事にしたいなと思うけど今日は疲れたのでまた今度。